はじめに
今回は北欧デザインの話から少し離れて、私がインテリアデザインの仕事をするうえで大切にしている「極意」のようなものを書いてみたいと思います
よく「どうすれば部屋をおしゃれにできますか?」と聞かれます。でも正直に言うと、私はその問いの立て方自体が、インテリアを難しくしているんじゃないかと思っています。「おしゃれな部屋」を目指すのではなく、「そこで気持ちよく生きられる部屋」を目指す。この出発点の違いが、インテリアの完成度を大きく左右します。
建築学科での学び/平松昭良
私は大学で建築学科に進み、構造・設計・都市計画まで幅広く建築を学びました。インテリアデザインに絞って学んだわけではなかったけれど、今振り返ると、その建築的な思考こそが、今の仕事の土台になっていると感じます。
建築の世界では、まず「なぜその壁はそこにあるのか」「なぜその柱はその位置に必要なのか」という問いから入ります。
構造に理由のない要素は存在しない。この考え方をインテリアに当てはめると、
「なぜこの家具はここに置くのか」「なぜこの色はこの面に使うのか」
という問いが自然と浮かぶようになる。感覚だけで置いた家具は、どこかバランスを欠く。それを見抜く目は、建築を学んだからこそ身についたものだと思っています。
もう一つ、建築の勉強で鍛えられたのが「スケール感覚」です。1ミリの違いが図面では大きく、実空間では気にならないこともある。逆に、10センチの誤差が暮らしに大きな支障をきたすこともある。人が空間の中でどう動き、どう感じるかを「身体スケール」で考える習慣は、インテリアの精度に直結しています。ソファの座面高さ一つで、その部屋での会話の空気感は変わります。
インテリアの極意
その経験を踏まえて、私がインテリアの「極意」だと思っていることを、いくつかお伝えしたいと思います。
まず一つ目は、「余白を恐れない」こと。インテリアで最も難しいのは、何を置くかではなく、何を置かないかを決めることです。物が多い部屋は情報量が多すぎて、脳が休まらない。余白は「何もない無駄な空間」ではなく、「目と心が呼吸できる場所」です。棚の上を全部埋めるのではなく、あえて三分の一を空けてみる。その余白があってこそ、置いたものが際立ちます。
二つ目は、「動線をデザインする」こと。朝起きてキッチンへ向かう道、夜帰宅して荷物を置く場所、週末の午後にソファからどこに移動するか——こうした「見えない経路」を丁寧に考えることで、日々のストレスは大きく変わります。これはまさに建築的な思考で、住み始めてから「なんか動きにくい」と感じる部屋は、たいてい動線の設計が甘い。家具を選ぶ前に、まず生活の動きをイメージしてみてください。
POINT
朝の自分の動きを頭の中でシミュレーションしてみてください。起きてから出かけるまで、どこを通り、どこで何をするか。その経路に家具が「邪魔」として登場するなら、配置を見直すサインです。
三つ目は、「主役を一つに絞る」こと。一つの空間にこだわりのポイントが複数あると、どれも引き立たなくなります。お気に入りの椅子を主役にするなら、周りは静かに控える。大きなアートを飾るなら、その壁面の他の情報は消す。この「編集する力」が、インテリアの完成度を大きく左右します。デザイナーとして私が最も意識していることの一つです。
四つ目は、「触覚を大切にする」こと。インテリアは視覚だけの体験ではありません。ドアノブを握ったとき、フローリングを素足で歩いたとき、ソファに沈み込んだとき——その触覚の記憶が、空間への印象を決定的に左右します。
無垢材、漆喰、真鍮。こうした素材は経年変化も楽しめる。傷や色の変化を「味」として受け入れられるかどうか、それがインテリアとの長い付き合いを決めます。
たどり着いた結論
建築を学び、インテリアを仕事にして、最終的に私が辿り着いた答えはシンプルです。良いインテリアとは、「そこにいる人が、空間のことを忘れられる状態」をつくることだということ。気にならない、意識しない——でも、なぜかここにいると落ち着く。そんな空間が、私の理想とするインテリアです。
おしゃれさは結果であって、目的ではない。住む人の暮らしに寄り添うことを最優先にすると、空間は自然と美しくなっていく。建築学科の恩師がよく言っていた「用・強・美——この順番を間違えるな」という言葉が、今も私の設計の指針になっています。


コメント